上京した頃は、野菜がほとんど食べられなかった。
食べられる野菜と言えば、ほうれん草、大根、玉ねぎ、あとは芋類のみ。
それと、麺類に入れるきざみネギだけで、あとはすべてNO!
東京で一人暮らしをするようになると、ほぼ毎日、トンカツ定食か焼き肉定食ばかり食っていて、
気が利く店はごはん大盛りタダというところもあったけど、それだけでは腹が膨れなかった。
ところがどの店のどの定食にも「キャベツお替わり自由」というアドバンテージがついていた。
キャベツ好きや野菜嫌いでなければ大変ありがたいプランだろうが、いかんせん僕はNOキャベツである。
お替わりどころか、最初にとんかつの横に盛られたキャベツにさへ手を付けようとしなかった。
とんかつと大盛りごはんと味噌汁だけじゃ腹膨れないなぁ。
でもキャベツかぁ…。うーん、食べられない。でも腹が膨れない。でもキャベツ。うーん。
そんな悩みを見抜かれたのだろうか。店のおやじが僕に話しかけてきたのだ。
「野菜嫌いなんだろ?」
「はい」
「ちょっと待ってな、キャベツ食わしてやるから」
「でもキャベツは…」
「いいから、待ってな」
流暢な東京言葉を発しておやじは厨房へ消えると、しばらくして味噌汁のお椀をもって再び登場した。
「ほれ、キャベツの味噌汁」
「むりです」
「いいから」
むむむっ、いやじゃない。食べられるっていうか、むしろウマい。
「ほらな。もいっかい待ってろ」
おやじ再び厨房へ。そしてまたもや皿を持って登場。
「ほれ、きゃべつと天かすの炒め物」
「むりです」
「いいから食ってみ」
むむむっ、ヤじゃない。むしろマイウー。
「これでキャベツは制覇したな。次はレタスとかトマト、いってみっか?」
いつしか東京言葉から北関東方面の言葉にシフトしたおやじが、次なるステージへ誘おうとした。
これが僕の、野菜デビュー。時は1981年のちょうど今頃である。
それから僕は、学校帰りにほぼ毎日とんかつ屋でメシを食い、
おやじのアレンジにより少しずつ野菜が食えるようになっていった。
1年後。僕はとんかつ屋でバイトをするようになり、毎日大盛りのキャベツとトマトを食っていた。
おかげさまで今ではキャベツとトマトは大好物で、
当時は見たこともなかったアスパラガスも大ファンである。